公害弁連ニュース 137号




 巻  頭  言  

代表委員 弁護士 中島 晃

1, いま,公害環境裁判は,確実に新しい峰をきずきつつあるといえます。これまで,私たちが何度も挑戦しながら,その都度手厳しくはねつけられてきた厚い壁を打ち破って,次々と輝かしい勝利をかちとる事例が出てきています。
 例えば,昨年(平成14)年12月18日,国立景観訴訟において,東京地裁は,マンションの高さ20mを超える部分の撤去を命ずる判決を下したのに続いて,今年(平成15)年1月27日には,名古屋高裁金沢支部でもんじゅの原子炉設置許可処分の無効を確認する判決が言渡されました。
 国立景観訴訟での東京地裁判決は景観権を正面から認めたものであり,又もんじゅ訴訟の高裁判決は,原子炉の安全審査の違法性をわが国で初めて認めたものであって,いずれも画期的な判決として高く評価することができます。
もちろん,これらの判決は,担当弁護団が法廷の内外で,住民とともに様々な努力と奮闘を積み重ねてきた結果,かちとられたものであり,当該弁護団の活動に心から敬意を表するものです。
 この2つの判決については,現在いずれも上級審で争われており,その結論はなお予断を許さないものがありますが,この判決にみられるように公害環境裁判で,私たちの当たり前の主張が,当たり前のこととして裁判所で認められる時代を迎えつつあるといっても過言ではありません。
 その意味で,私たちはいま公害環境裁判における新しい時代を切り開きつつあり,それ故にこの新しい時代にふさわしい水準で活動に取り組むことが求められているといえます。

2, 公害弁連は,いまから8年半前の1994(平成6)年12月,「差止裁判シンポジウム」を開催し,公害の根絶を実現するためには,損害賠償訴訟で着実に勝利を積み重ねていくとともに,公害差止のたたかいでも勝利の展望を切り開くことが当面する重要な課題となっており,そのために私たちが差止の課題に真正面から取り組んでいくことの重要性を確認しました。
 1981(昭和56)年12月の大阪空港公害裁判の最高裁判決が,差止め請求をしりぞけたことを契機として,公害環境裁判における差止のたたかいは,きわめて困難な状況におかれてきました。
 しかし,1990年代に入って,私たちは損害賠償の分野で次々と勝利をかちとっていくなかで,本当に日本から公害をなくすためには,差止のたたかいでも勝利をかちとる必要があると考え,この94年の差止シンポを反転攻勢のための契機にしようと考えたのです。
 こうしたなかで,2000(平成12)年1月23日,神戸地裁は尼崎大気汚染公害裁判で,損害賠償請求を認めるとともに,SPMについて差止請求を認容しました。大阪空港公害裁判の2審判決(75年11月27日)以来,4半世紀を経て,私たちは再び公害差止の権利を裁判所に認めさせることができたのです。

3, そしていま,私たちは,差止の分野でも,かつてない高い水準での勝利をかちとってきています。
 それは,1960年代後半から70年代前半にかけ,被害住民が4大公害裁判をはじめとする公害訴訟で次々と勝利をかちとり,公害被害者の人権を確立していったことに匹敵するものがあります。
 しかし,こうした歴史をふり返るとき,同時に私たちが味わった苦い経験についても想起する必要があります。70年代後半から80年代にかけて,公害巻き返しといわれる逆流現象が起こりました。その象徴ともいえるのが,81年の大阪空港公害裁判での最高裁判決でした。
 いまの時代に,こうした巻き返しと逆流を再び許すようなことがあってはならないと考えます。そのためにも,私たちは,初心にたち返り,勝利におごることなく,そしてまたいささかもゆるむことなく,公害環境裁判で新しい時代を切り開くという気概と勇気をもって,旺盛な取り組みを展開しようではありませんか。




公共事業における情報公開と住民参加

川辺川利水訴訟弁護団  弁護士 西 清次郎

去る3月21日,熊本県人吉市において,公害弁連のシンポジウムが右表題のテーマで行なわれました。
 会場のサンパレス平安閣に全国各地から約200名が参加し,活発な意見が交換されました。
 川辺川利水訴訟弁護団の国宗直子弁護士がコーディネーターをつとめ,パネリストとして,東幹夫長崎大学教育学部教授,馬奈木昭雄よみがえれ!有明海訴訟弁護団長,梅山究川辺川利水訴訟原告団長,福岡賢正毎日新聞記者,二見孝一美しい球磨川を守る市民の会員が登壇しました。
 各パネリストのプロフィル等として,次のような紹介が国宗弁護士からありました。農林水産省のノリ第3者委員会委員である東教授,川辺川ダムの問題点を鋭く指摘した「国が川を壊す理由」の著者である福岡記者,熊本県住民討論集会において住民の立場から活発な意見を発言している二見氏です。
 そして,まず公共事業によって破壊される自然と暮らしの実例として,東教授が諫早干拓による有明海の激変ぶりを報告し,二見氏がクマタカ・九折瀬洞・球磨川河口干潟等の川辺川ダムで予想される自然破壊をパワーポイントを使ってわかりやすく報告しました。梅山原告団長も川辺川利水事業の問題として,昭和58年の当初計画からの軌跡をチャート図式を示しながら報告しました。
 次に,住民参加の方法として,二見氏が6回におよぶ熊本県住民討論集会に参加してきた経験談を話し,福岡記者はこの住民討論集会をマスコミがいかに注目しているのかという観点から意見を述べました。馬奈木弁護団長は有明海訴訟になぜ漁民達が立ち上がったのか,その意義を住民参加のあり方としての流域会議の重要性とともに,行政システムの問題点と今後の行政システムへの展望を明らかにしました。梅山原告団長は当事者が裁判に立ち上がる意味を説明しました。
 最後に住民参加のために不可欠の情報公開について梅山原告団長が「ダムを造らんがために農民に情報を秘匿するなど,行政の態度が是正されていれば訴訟にはならなかった。」と述べ,二見氏も「情報公開が説明の基本の筈だが,情報公開法では請求から30日以内に開示となっている特例があり,請求から入手まで4ヶ月半がかかった。その間に住民討論集会が2回行なわれ,請求した資料が使えなかった。」と情報の出し渋り実態等の疑問点を指摘しました。また,たとえば議事録等の開示文書が黒く塗られて判読できない実情も明らかにされました。東教授がどんな情報が求められているのかという実例を報告し,福岡記者は取材で経験した情報公開の現状を報告しました。

川辺川ダム建設予定地
 各パネリストの意見交換の後,会場参加者の中から吉村勝徳球磨川漁民の会代表が収用委員会の審理状況について発言し,続いて中島熙八郎熊本県立大学教授が学生の協力を得て行なった住民意識の実態調査等について発言しました。
 最後に,板井優川辺川利水訴訟弁護団長が「環境破壊型の公共事業を環境再生型に切り替えるためにも,利害を超えて住民の合意形成を進めるべきだ」とまとめ予定時間を超過する盛り上がりのうちに終了しました。
 このシンポジウムの成功を受けて,参加者の満場一致で,「ダムの主目的の1つである利水は既に根拠を失っており,治水面でも環境への影響は大きい」と指摘した「川辺川ダム計画中止を求める決議」を採択しました。




沖縄ジュゴン保護のための法的戦略

弁護士  籠橋隆明

1 はじめに
 沖縄少女暴行事件に端を発した辺野古沖ヘリポート基地問題については,現在建設予定地,工法などが定まり,建設に向けてアセスメント手続きが実施されようとしている。沖縄ジュゴンはヘリポート基地反対のみならず沖縄県全体の自然,平和のシンボルとなりつつある。日本環境法律家連盟では辺野古沖の自然環境を破壊するこの開発に反対しているので戦いの展望について報告する。

2 本件の経緯
 1995年9月4日,沖縄少女暴行事件の発生を契機に広範な基地反対運動が高揚した。その対策として1997年8月,日米関係者で構成される「沖縄に関する特別行動委員会」SACOは最終報告を発表し,普天間基地返還の条件として,代替ヘリポートの建設など4項目の条件がまとめられた。これに対して,1997年名護市民の手により住民投票が実施され,市民はリポート基地受け入れ反対を表明した。しかし,その後,運動は巻き返しにあい,新知事である稲嶺恵一は基地移設受入れを表明,1999年12月名護市議会の基地移転促進決議がされ,岸本建男名護市長による基地受け入れ表明があった。以後,政府,関係自治体を交えた代替施設協議会が進められ2002年7月29日に辺野古基地に関する基本計画が取り決められた。基地は埋立工法により辺野古沖,リーフ上に建設され,滑走路の長さは,2,000メートル,本体面積は,最大約184ヘクタールと決められ,2003年夏からは環境アセスメント法に基づく方法書の作成に入る予定である。

3 沖縄ジュゴン
 ジュゴン(Dugong dugon)は体長およそ3メートル,体重400キログラム以上に達する海洋哺乳類である。通常は30メートルより浅い海に生息し,アマモを主な餌とする。生息区域はインド洋から西太平洋に至る熱帯,亜熱帯区域及び東アフリカからバヌアツ諸島に至る沿岸部である。日本のジュゴンは世界分布の北限に当たり,骨の出現,伝承などからかつては奄美大島以南に多数棲息していたことが伺われるが,現在では沖縄中部辺野古海域にわずか数十頭の個体群を残すのみとなった。
 亜熱帯の島である沖縄は多様な自然に恵まれていたが,第2次世界大戦での爆撃,本土復帰後の公共事業,パルプチップのための森林伐採などにより現在は著しく荒廃している。沖縄本島周辺のサンゴは既に95%以上が死滅したとさえ言われる。沖縄ジュゴン絶滅の危機は沖縄の自然の危機でもある。

4 沖縄ジュゴン保護の法的戦略
 ジュゴンはIUCN(世界自然保護連合)レッドデータブックでは「危急種」に指定され,ワシントン条約ではオーストラリアの個体群を除いて付属書・に分類されている。ワシントン条約を受けて,我が国の種の保存法では国際希少動植物種と指定されている。また,国の天然記念物とされている。水産庁はジュゴンを要保護動物と指定し,水産資源保護法により捕獲を禁止している。基地の規模によっては我が国の環境影響評価法が適用されることになる。
 国内にあっては当面,環境アセスメントを課題として活動を取り組む予定である。稲嶺沖縄県知事らは,辺野古沖基地を軍民共用とすること,15年後には返還することを受入条件としている。これらの条件については米国政府は態度を決めておらず,15年問題についてはまともに取り合っていない。しかし,これらの問題が解決されない限り,基地の利用内容や正確な構造をつかむことはできない。政府はアセスメント手続きに入ろうとしているが利用条件が決まらないまま実施されるアセスメントはまともなものになろうはずはない。
 さらに,今回アセスメントを引き受ける,国土環境は,諫早干潟,泡瀬干潟などの事業者であり,杜撰さがつとに指摘されている会社である。

5 米国法(特に種の保存法,The Endangered Species Act of 1973)の活用
 ところで,沖縄ジュゴンの保護は,沖縄はもちろん我が国全体の自然保護にかかわる重大な問題である。しかし,日本政府の保護政策はあまりにも貧弱である。沖縄ジュゴン保護作業グループでは,さらに米国法,特に米国種の保存法の活用を考えている。
 ESAを担当する米国魚類・野生生物局よると,ジュゴンは絶滅危惧種に指定されている。ESAは,(1)地域個体群の保護。(2)ハラスメントなども含めた広範な種の保存のための禁止行為(taking)(法9条)。(3)関係省庁との協議及び絶滅危惧種に対し,種の保存のために必要な配慮を行う義務(法7条(a)(2))などを定めている。
 (1)の協議条項の結果,開発行為を計画する行政機関は内務長官に指定種などが存在するか問い合わせなければならないし,内務長官が開発予定区域内に該当する種がいる旨の勧告を行った場合には,当該行政機関は当該種に関する「生物学的評価書」を作成しなければならない。評価書の結果,協議が必要とされた場合には行政機関と内務長官との協議が開始される。協議が開始されると当該行政機関は「利用可能な最善の科学的データ」を内務長官に提出しなければならない。また,悪影響があると判断された場合には内務長官は「合理的かつ賢明な代替案」を提案しなければならない(「アメリカの環境法」より)。
 ESAでは法の実行力を担保するため市民訴訟条項(11条)が定められている。これは,我が国の住民訴訟のようなもので,種の保存法に基づく政策の実行を市民(any person)が裁判を通じて求めることができるというものだ。この「何人も」には外国人も含めて考えられる。政府がESAに違反して行動すれば政府にESAを遵守するよう裁判所に求めることができる。
 我々はこの市民訴訟条項を利用して米国国防総省を被告に連邦地方裁判所に提訴する予定である。提訴が実現されれば,「沖縄ジュゴン vs.ラムズフェルドの訴訟」が始まる。

6 運動の到達点
 沖縄ジュゴン保護運動は大阪,沖縄,愛知の弁護士により取り組まれている。資金源は「自然の権利」基金という法的手段によって自然保護運動を進める環境NGOである。「自然の権利」基金は全国約600名の会員をもち,年間予算規模は300万円である。
 ジュゴン訴訟は順調にいけば昨年には提訴ということであった。しかし,同時多発テロ,それに続く米国によるアフガニスタン,イラクへの侵攻により米国内では軍部の勢力が著しく強くなったため,米国内で軍部相手の訴訟を展開することは非常に難しい情勢になっている。米国内では大統領,上下院とも共和党が握り,しかも大統領の側近たちは手段を選ばない「ならず者」ばかりである。国内ではすでに環境NGOに対する圧力が強まり,いくつかの環境法が軍部の意向で改正されている。
 現在,弁護団は米国内での運動の戦略を見直し,米国内でさらに支持を広げた上で提訴に踏み切る方針である。今年の7月にはサンフランシスコで日米合同の環境会議を開催し,米国内での環境及び環境派弁護士と運動戦略会議を開催する予定である。
 また,国内でもアセスメントを攻撃の目標として法的アクションを検討している。




原因裁定申立について

原因裁定弁護団事務局長 弁護士 吉野隆二郎

1 原因裁定の申立について
 平成15年4月16日に有明海沿岸4県(福岡・佐賀・長崎・熊本)の19名の漁民が,「諫早湾干拓事業が,現在の有明海の異変による漁業被害(ノリ不作やタイラギの不漁など)の原因であること」を認定してもらうための手続き(原因裁定)を,公害等調整委員会(総務省の建物の中にあります)に申請しました。この事件は,4月22日付けで委員会に正式に受け付けられました。そして,第1回の審問期日は6月27日(金)午後2時と決まりました。

2 公害等調整委員会とその手続きの概要
 公害等調整委員会とは,「公害紛争について,あっせん,調停,仲裁及び裁定を行い,その迅速かつ適正な解決を図ること(公害紛争処理制度)」などを主たる任務とする,総務省の外局の独立行政委員会のことです。独立行政委員会の他の例としては,公正取引委員会があります。委員会は,委員長及び6名の委員で組織される合議体で,法曹関係者や学者などが委員になっています。なお,都道府県レベルの公害紛争につきましては,各都道府県に「都道府県公害審査会」というものがあり,これが公害等調整委員会との役割分担をしています。
 この公害紛争処理制度の特色としましては,(1)迅速な解決が図られることや,(2)費用が安いこと,(3)専門的知識などが活用できること,(4)委員会が職権による調査を行ってくれること(しかも,費用は委員会の負担=国費となる),(5)公害防止対策への反映などが挙げられています。
 そして,手続きの種類としては,すでに述べましたように「あっせん」「調停」「仲裁」「裁定」があります。
 このうち,裁定というのは「当事者の損害賠償責任の有無及び賠償すべき損害額(責任裁定)又は被害と加害行為との間の因果関係(原因裁定)に関し,法律的判断を行うことによってその解決を図る手続き」のことです。分かりやすく言えば,被害と加害の因果関係について判断を下す手続きのことです。公害等調整委員会の委員の中から構成される裁定委員会が,裁定を下すには,審問や証拠調べを行う必要があります。そして,これらの手続きは裁判と同様に公開されます。
 ちなみに,裁定事件の取扱につきましては,すべて公害等調整委員会で扱われます。最近の例としては,杉並区のごみ処理施設を問題にした杉並病につき,原因物質は特定しなかったもののごみ処理施設の稼動とその周辺住民の健康被害との因果関係を肯定した原因裁定や,佐伯湾の真珠養殖の被害につき一定の割合で国の浚渫工事の影響を認めて1934万円余りの支払を命じた責任裁定が挙げられます。
 (制度について詳しくは,http://www.soumu.go.jp/kouchoi/index.htmlを参照して下さい。)

3 申請の目的と今後の方針について
 この原因裁定の手続きを申請した目的について,私の理解は以下の2点です。
 まず,専門性を有し迅速な判断を求めることができる公害等調整委員会を活用して,早期のこの問題の核心部分(諫早湾干拓事業が現在の有明海異変の原因であること)についての判断を求めて,国に言い逃れのできないような形を作り出すことです。
 もう1つは,この有明海という自然保護における九州での大きな課題を,首都東京の公害等調整委員会に持ち込むことによって,全国的な課題となるための足がかりをつくる,ということです。後者の目的を達成するためには,このニュースを読まれる方々の協力がぜひとも必要になります。この問題に多くの方が関心を持っていただけるように,原因裁定の手続きを進めて行きたいと考えておりますので,審問期日の傍聴を含めて,ぜひともご協力をお願いいたします。そして,諫早湾干拓事業の中止を求める世論を盛り上げて行きたいと考えています。




東京大気汚染公害裁判 ― 判決後の動き

弁護士 小林容子

1 はじめに
 既に報告したように,昨年10月29日の東京大気裁判の判決は,道路設置管理者の責任は認めたものの,自動車メーカーの法的責任は認めないという不当な内容であった。
 しかし,判決日行動には,参加目標を大きく上回る最大1700名の支援・原告の参加が得られ,首都高速道路公団と各自動車メーカーから,公害対策はもちろん,被害者救済制度に対する費用拠出も視野に入れた確認書を獲得することができた。このことは,「運動の力で情勢を切り開いて行ける!」と,原告団・弁護団の大きな確信になった。
 この紙面をお借りして,判決後の被告らの動静にも触れながら運動の到達点について報告したい。

2 東京都を中心とする動き
 被告の中で際立ったのは,被告東京都の動きである。石原都知事は,直ちに控訴を断念し,国に対し被害者救済制度の創設を求めていくと表明した。また,昨年12月3日の都議会における知事所信表明では,判決に言及し,「大気汚染が,原告の方々をはじめ,多くの都民の生命と健康を蝕んでいることに対しては,行政の対応がこれまで不十分であった点を重く受け止め,心からお詫びを申し上げます。」と謝罪している。さらに,12月24日の第2次訴訟弁論では,東京都の代理人が,排ガス規制を怠ってきた国の責任を追及するとともに排ガス対策の強化とメーカー負担も踏まえた被害者救済制度の創設を求める意見陳述をし,傍聴席から思わず拍手がわき起こる事態となった。
 また,7都県市首脳会議,東京都の特別区長会,東京都議会や各区議会,市議会(現時点で12区議会,4市議会)等でも,国に対し未認定患者の救済制度創設を求める意見書が次々と採択されている。ここで特筆すべきことは,都議会や区・市議会の意見書が,全会一致で採択されていることである。

3 国会対策と国の対応
 このような情勢をふまえ,原告団・弁護団・裁判勝利をめざす実行委員会は,これまで国会対策に力点を置いてきた。
 環境委員や国土交通委員を中心に,議員や政策秘書との面談,会派との勉強会を進めながら,2003年2月27日には請願行動を取り組んだ。ここには,与党である自民党も含め,自由党,民主党,共産党,社民党,無所属の10名を超える議員の参加を得ることができた。さらに,衆・参環境委員会では,各委員が被害者救済を巡って質問を行い,環境省を追及する様相となっている。これまでの取り組みを通じ,国会内でも被害者救済が必要だという世論を作り上げることができたと言えるであろう。
 しかし,環境省は,相変わらず平成15年度から予備調査を行い,平成17年度から本調査を行って被害者救済制度の要否を含め検討するという姿勢を改めようとしてはいない。国土交通省に至っては,訴訟当事者との交渉には応じられないとしたため,抗議行動を展開した結果,先般,交渉に応じるに至った。

4 当面の緊急課題―東京都対策
 国会対策には大きな成果があったが,被害者救済制度創設にはさらに一回り大きな取り組みが必要である。しかし,未救済のまま放置されている被害者につき,せめて費用の心配をせずに治療を受けられる制度を作ることは緊急の課題である。そこで,原告団・弁護団・裁判勝利をめざす実行委員会は,「国がやらないから東京都がやる」,「国がやらないなら国を訴える」と言っている石原都知事に有言実行を迫ろうと,今後は東京都に対し,都独自の医療費救済制度の創設を求める取り組みに力を注いでいくことを決めている。

5 被告メーカー対策 ― ディーゼル共闘会議との連帯
 判決以後の特筆すべき動きとしては,昨年結成されたディーゼル車対策共闘会議(全商連,建交労,東京,神奈川,千葉,埼玉の各土建と東京大気原告団,弁護団)のたたかいである。
 東京都を始め埼玉・千葉・神奈川では,「自動車NOx・PM法」を先取りして条例を制定し,2003年10月からディーゼル車の運行規制が実施されることになっているが,排ガス除去装置の装着,新車への買い替え等の経済的負担は,行政の1部助成措置(税金)を除きユーザー負担とされており,ひとり被告自動車メーカーのみが,一切の負担を負わず,逆に「規制特需」によって莫大な利益をあげて高みの見物を決め込んでいる。
 経済優先・人命無視の欠陥ディーゼル車の大量製造販売により何十万人という人たちが健康を奪われ命を絶たれてきた。今また,多くの中小零細企業,労働者が生計の道を絶たれようとしている。かかる不正義は1刻も早く是正されなければならない。かかる観点よりディーゼル共闘会議と東京大気汚染勝利を目指す実行委員会は,この間,共闘して自動車メーカーに対して,(1)自動車メーカーの財源拠出により被害者救済制度の確立と(2)メーカーの負担による使用過程車に対するNOx,ディーゼル排気微粒子除去装置の装着を含む公害防止対策の実施を求める闘いを続けている(2003年4月16日対いすゞ抗議行動・30名規模の交渉ほか)。東京都議会においても,与党自民党自ら率先して,自動車メーカー課税を含めて応分の費用負担をさせるべきとの質問を行ない,自動車メーカーの社会的責任を問う全会一致の決議が採択された(2003年3月7日「ディーゼル車対策における自動車メーカーの社会的責任に関する決議」ほか)。自動車メーカーの社会的責任を問うた1次判決とその後の広汎な世論に背をむけ続ける被告自動車メーカーに対して,今後も追及の手を緩めることなく,あらゆる機会を捉えて全面解決に向けての交渉を粘り強く続けていくことが課題となっている。




【若手弁護士奮戦記】 高尾山天狗裁判と行政訴訟改革

弁護士 越智敏裕

 私は平成14年5月ころから高尾山天狗裁判の弁護団の一員に加えて頂きました。同裁判は,圏央道建設差止の民事訴訟と事業認定取消の行政訴訟の2本立ての大型環境訴訟ですが,原告団及び弁護団は非常に統率が取れており,チームワークがしっかりしているのにいつも感嘆致しております。大型訴訟ともなりますと,原告団内部での意見のずれや原告団と弁護団の間の意思疎通などが必ずしもうまくいかないケースもあると思いますが,高尾では長年の運動が結実して,強力なエネルギーが生まれています。ここでは,自分の専門領域でもある行政訴訟を中心に考えていることなどを書いてみたいと思います。

 環境訴訟では,原告側は,限られた人的・物的リソースの中で,自分たちの生活を別に抱えながら,公共の利益のために戦わねばなりません。高尾の裁判では各分野の専門家がおられて大変心強いのですが,このような奇特な方たちの力があってはじめて,訴訟における対等な攻防が可能になるのです。特に相手方が特殊法人や行政であった場合には,この格差はより顕著になります。私も以前に行政側の代理人をしていたことがあるのですが,人的・物的リソースはある意味で無尽蔵ですから,何から何まで自分たちで用意しなければならない原告側とは,訴訟活動に費やす労力はまるで違います。先日も事実上の現場検証が行われましたが,被告側には10人くらいの指定代理人がずらりと揃いました。指定代理人には税金が支払われているわけですが,こちらは手弁当です。

 専門性においても原告側は不利です。今,高尾で困っていることの1つは交通政策の専門家の協力が得られていないことです。圏央道建設によって渋滞が解消される,それで目的地に少し早く到着できる,その経済的利益はいくらなのか。そもそも平成何年にはどれくらいの交通量となるのか。事業認定取消訴訟の文脈で言えば,失われる公益(自然破壊,景観破壊,大気汚染,水脈破壊など)の主張立証に加えて,事業によって得られる利益として積み上げられている膨大な金額の算定根拠を崩していかねばなりません。アクアラインや本四架橋の例もありますから,その気になれば説得的な反論が可能なはずです。日本では政策評価法の施行から日も浅く,費用便益分析の事例蓄積も乏しいわけですが,今後は費用便益分析がとりわけ公共事業を争う訴訟において重要な争点の1つとなっていくのではないでしょうか。

   時間も原告側に不利に働きます。行政事件訴訟法では民事仮処分も排除されていますし,執行停止もほとんど機能していませんから,建設自体は止まりません。工事はどんどん進められています。被告側は裁判にどれだけ時間が掛かっても痛くも痒くもないのです。むしろ建設が進めば進むほど,裁判所としては現状を覆すような判断はしにくくなります。おまけに行政訴訟の場合には事情判決という制度まで用意されています。

 このように環境訴訟では,最初から原告側が不利な状況にあるというのが現状です。訴訟提起段階では既にかなり既成事実が作られていて,止めることもできませんし,資金も人材も専門性も十分に持ち合わせていません。そこで,この場をお借りして強く訴えたいことがあります。今,環境訴訟を根本から変革できるかも知れない議論がなされているのをご存知でしょうか。政府・司法制度改革推進本部でなされている行政訴訟検討会です。国民にとって地味なテーマである司法改革の中でもさらに地味な行政訴訟検討会なのですが,実は,国民が裁判所を通じて行政をチェックする制度を作り直すという極めて重大なテーマが静かに議論されています。

 分かりやすい例でいえば,これまで多くの環境訴訟では,処分性(訴訟対象性)がない,原告適格(訴える資格)がないということで門前払いがなされてきました。高尾山天狗裁判でも,行政訴訟は,事業認定という行政過程の最終段階でしか提訴することができませんでしたし,原告となっている高尾山を愛する人たちや環境保護団体などの原告適格は,これまでの判例の考え方からすると認められないことになります。しかし,事業計画についてより早期の段階で違法性を争うことを認めれば,仮に違法と判断された場合の社会的コストも低くて済みますし,また,環境のような拡散的・集団的利益を守るのに相応しい人たちや団体に原告適格を認める必要があります。その他にも重要な改革点は多数あります。関心のある方は日弁連のホームページをご覧下さい。

 これまでは,従来余りにも行政訴訟が機能していなかったことへの反省から,抜本的に改革しようという議論が強かったのですが,「時間がない」ということを理由に改革縮小の動きが,今,急速に強まっているのです。国民以外に一体誰が行政訴訟改革に賛成するのでしょうか。被告になる行政官庁が賛成してくれるはずがありません。裁判所も法務省も基本的には反対です。国民が議論に関心を持ち,国民が議論の方向性をチェックしなければ,このままではちっぽけな改革で終わりかねません。この記事を読んでくださった方々こそが,行政訴訟改革に関心を持ち,実現させるための力をお持ちなのだと思います。是非,国民の声を,行政訴訟検討会事務局にお寄せ頂きたいと思います。
 行政事件訴訟法は,強い批判にもかかわらず40年間改正されることはありませんでした。「今」を逃せば,「次」はいつ訪れるか分からないのです。